アイヌは「先住民族」の定義に合わない

北海道は、北海道という呼称が定まる以前から、日本の国土として守られていたし、それこそ日本書紀の時代に阿倍比羅夫が後志に至っており、後の時代には伊能忠孝が樺太や千島まで測量して地図に描いている。

江戸時代の日露通商条約では南樺太や千島を日本の領土として条約を締結しているし、また北方領土に対ロシア防衛のための拠点を設けて藩士を常駐させた記録も有るわけで、決して北海道をアイヌが管理していた訳ではない。

各部族が住みついていた事は確かだけれども、アイヌが独自に暮らしていたという話はフィクションに過ぎない。

しかも、鉄器(製鉄)が出来ないから、マキリ(猟刀)を和人の鍛冶屋に依頼して、その刀の出来を巡って生じた争いで受け取りに来たアイヌが殺されたら、報復として和人の鍛冶屋の村を女子供まで殺戮したという話も有るくらい、決して「平和主義者」の部族では無かった。

参照「コシャマインの第一次反乱」
https://goo.gl/DDethd

なお和人にアイヌの製鉄・鍛造が禁止されたという論考は既に否定されている。
https://goo.gl/LwPyTN

また、そうした鉄器(猟刀や鉄鍋や縫い針など)ばかりでなく、米も倭人との交易(鮭や昆布等)に依存していたから、その交換レートを巡って争いも起きている。

仮に、アイヌが自立し、かつ日本と関係なく独立して暮らしていたのならば、ロシアでも中国でも、松前藩以外との交易で必要な物資を賄えば良かったのだろうけれど、実際には和人との交易に依存していたからこそ、その交換レートが死活問題だった。

逆に言うと、アイヌは北海道で独立して暮らしていたという話自体がフィクションである。

つまるところ、アイヌが先住民として独自に暮らしていた歴史も無ければ、和人が来るまで影響を受けずに暮らしていた訳でも無いから、ネイティブアメリカンやアボリジニやマオリなどの、白人渡来前までは影響なく独自に暮らしていた先住民の話とアイヌは全く別の話なのだ。

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