日別アーカイブ: 2019年1月31日

アイヌ政策拡大に関する反対署名について

 砂澤陣氏のブログ「後進民族アイヌ」にて説明させて頂いた内容になりますが、こちらにも転載いたします。

http://koushinminzoku.blog117.fc2.com/blog-entry-402.html

~ 以下、ブログ記載の内容 ~

今月の19日から本業も兼ねて27日迄上京し、様々な業種の方々とお会いし、アイヌ問題についてお話させていただき、多くの賛同と協力の申し出をいただきました。
署名もネットからの署名だけではなく、ダウンロードした書式に署名を集め送ってくださる方も多く、皆様のご協力に深く感謝致します。

その反面、署名提出に関する協力を様々な議員に相談しましたが、選挙前ということで時間がない、アイヌ政策には反対だが、党・会派の方針で反対の動きに手助けは出来ない等の意見が多く、それでも回答をくれただけでも「マシ」で、議員の名前は今の所出しませんが、返答の期日を約束しながら連絡をしてこないという議員と秘書も・・・・

予想していたとはいえ、余りにも逃げ腰の対応に呆れるとしか言う他ありませんでした。
この状況でも署名を提出する事はできたのですが、ただ置いてくるだけでは、殆ど無視されるのが現実で、国から一定ラインの返答を出してもらうには完全に無視できない署名にするためにはもう少しだけ時間と根回しが必要になり本来は今月末(今日)に署名を提出する予定でしたが、少しだけ提出を延期させていただきます。

進行状況につきましては、出来る限りご報告致します。
引き続き、アイヌ政策拡大に関する反対署名にご理解ご協力宜しくお願い致します。

いわゆるアイヌも同じ日本人!日本国民!日本の先住民は日本人!です。

👉署名先【日本国民の声・北海道】👈

アイヌの団体がアイヌ政策室を訪れ、国に対する謝罪と反省文の要求が行われましたが、一世紀以上に渡り税金に依存し
自らの既得権益を守るためだけに歴史と差別を捏造し、アイヌ政策で詐取を重ねてきた主犯格とも言える連中ばかりが参加。
国に謝罪と要求を求めるより先にアイヌ政策に依存し国を貶め、逆差別を行ってきたことにこそ謝罪と反省文を出さなければならないはずである。こんな連中をオリンピックの開会式パレードに参加させるなど日本の恥じであるばかりか、和人がアイヌを差別したという認識を世界中に定着させることになる、アイヌ政策同様歯止めを掛けなければならないはずである。

アイヌは「先住民族」の定義に合わない

北海道は、北海道という呼称が定まる以前から、日本の国土として守られていたし、それこそ日本書紀の時代に阿倍比羅夫が後志に至っており、後の時代には伊能忠孝が樺太や千島まで測量して地図に描いている。

江戸時代の日露通商条約では南樺太や千島を日本の領土として条約を締結しているし、また北方領土に対ロシア防衛のための拠点を設けて藩士を常駐させた記録も有るわけで、決して北海道をアイヌが管理していた訳ではない。

各部族が住みついていた事は確かだけれども、アイヌが独自に暮らしていたという話はフィクションに過ぎない。

しかも、鉄器(製鉄)が出来ないから、マキリ(猟刀)を和人の鍛冶屋に依頼して、その刀の出来を巡って生じた争いで受け取りに来たアイヌが殺されたら、報復として和人の鍛冶屋の村を女子供まで殺戮したという話も有るくらい、決して「平和主義者」の部族では無かった。

参照「コシャマインの第一次反乱」
https://goo.gl/DDethd

なお和人にアイヌの製鉄・鍛造が禁止されたという論考は既に否定されている。
https://goo.gl/LwPyTN

また、そうした鉄器(猟刀や鉄鍋や縫い針など)ばかりでなく、米も倭人との交易(鮭や昆布等)に依存していたから、その交換レートを巡って争いも起きている。

仮に、アイヌが自立し、かつ日本と関係なく独立して暮らしていたのならば、ロシアでも中国でも、松前藩以外との交易で必要な物資を賄えば良かったのだろうけれど、実際には和人との交易に依存していたからこそ、その交換レートが死活問題だった。

逆に言うと、アイヌは北海道で独立して暮らしていたという話自体がフィクションである。

つまるところ、アイヌが先住民として独自に暮らしていた歴史も無ければ、和人が来るまで影響を受けずに暮らしていた訳でも無いから、ネイティブアメリカンやアボリジニやマオリなどの、白人渡来前までは影響なく独自に暮らしていた先住民の話とアイヌは全く別の話なのだ。