アイヌは先住民族か?

この問題について、アイヌ文化の成立から考えてみると、その発生の経緯としては、南は沖縄・琉球から日本列島を経て千島・樺太およびロシア北東部まで、先史時代から続いてきた各種の混交・交流があり、北海道に於いては北海道縄文・擦文文化とオホーツク・トビニタイ文化の双方の影響を受けて「アイヌ文化」が成立した。

オホーツク系の流入ルートや流入時期による個々の起源の差異だけでなく、北海道縄文文化も地域差が有り、いずれの分布域も重なりながら広範囲に点在していた。

故に、これらの混交の結果として生み出されたアイヌ文化も、決して一つでは無い。

その発祥から見ても、どこからがアイヌ文化で、どこまでがオホーツク文化で、どこが縄文文化か、という切り分けも不可能。

ましてや「征服」や「植民地」という話でも無く、成立の当初から日本の住民であり、ただ単に中央集権への帰属が遅かったと云うだけの事。

つまり「先住民族」という定義には箸にも棒にも引っ掛からず、その起源が混交の結果なのだから「先住」ですらない。

北海道アイヌだけでなく、樺太アイヌ、千島アイヌ、といった「いわゆるアイヌ」の括りばかりか、クリル系その他の北方の血を受け継いだ「北海道旧土人保護法」の名前が示す範囲に含まれる方々は、一括りに「アイヌ」と呼びえないからこその「北海道旧土人保護法」であり、そうした種々の違いを丸々無視して「一つのアイヌ」や「アイヌ民族」を自称すること自体が「自身のルーツの毀損」に他ならず、故に「自称アイヌ」「いわゆるアイヌ」と語られる次第である。

ただし、これを指して「アイヌ文化が存在しない」という話では無く、成立の当初から地域差・濃淡が有り、部族差が有り、言語差が有り、それぞれの文化・風習にも互いに差が有る。

そして、それぞれ毎に「受け継ぐ者」が存在してこその、自らのルーツを尊重した文化の継承である。

例えば、道路占有の許可を得て山車や神輿を牽いて練り歩く祭を続けるのも文化の継承の一つ。

「どんど焼き」なども消防の許可を得て行う祭事の一つ。

「祭事だから許可されるべき」では無く、あくまでも法律順守のもと、祭事として行いたい者が、行うための許可を正当に取得して実施して、それを次世代に受け継ぐものへと繋いでいく。

そして、その祭事を執り行う主体は、その文化を担い継承する事を望む人たち、すなわち有志であり、それに対して行政は「道路の使用許可」などを与えるけれども、特定の「有志」を特別扱いする事は無い。

正当な申請である限り、その有志が誰かによって片や許可、片や却下という「特別扱い」を行うのでは、それは行政による「不当な差別」である。

文化遺産の継承として行政が支援する浄瑠璃や、国技としての「相撲」などは有れども、あれも「参加する人」は血の条件などに依らず、場合によっては日本国民でなくても参加できる。

このように、支援しているのは「文化の継承」であって、「特別な人への助成」では無い。

また、支援対象は「文化の継承を続けていた」こその「伝統」であり「歴史的な価値」であり、そうした「伝統の文化」を継続するための支援である。

そして、既に喪われた文化を発掘するのは博物館や研究の世界であり、当時を手放した人たちが、今さらのように被害者であるかのように語って「保護」されるべきものでは無いし、ましてや新たに生み出すような「何の伝統さえ無いもの」に対して公的な助成を行う合理的な理由など在る筈も無い。

それは50年も昔の国会答弁でさえ、貧困や助成が必要な場合については従来の保護法を廃止し、今後は個別に生活保護の制度の中で行われるべき旨が記録されている事からも明らか。

故に、今回の「アイヌ新法」など、その根底からして間違っていると言わざるを得ず、「アイヌを先住民族とする決議」など破棄すべきである。ましてや、新しく制定する法律に「アイヌを日本の先住民族と明記する」など、決して許しては成らない。

3 thoughts on “アイヌは先住民族か?

  1. >当時を手放した人たちが、今さらのように被害者であるかのように語って「保護」されるべきものでは無いし、

    本当にそうですよ、アイヌを滅ぼしたのはアイヌでしょうに。学術研究にしたって、自分達で勉強してきちんと遺せば良かったんです。知里真志保先生だって、明治生まれで東大を卒業されています。個人差があるとは云え、努力すればある程度のレベルにはなれたでしょう。自分では何もしないクセに、和人側にばかりムチャクチャな要求をして。本当に腹が立ちます。

  2. アイヌ協会のサイトに同化政策を受けたとする記述がありますが、日本国民として同等の権利や義務はあったと思うのですが、いわゆる「同化政策」と言われるものはどのようなものであったのでしょうか?
    旧土人保護法は今から見れば不備もあったでしょうが、制定時に世界を見渡してもそのような民族保護政策はなかったともいわれています。

    また以前からアイヌ民族の若者が都会に出ていくことに不満を持つ方がいるように聞きます。それは同化政策の賜物なのでしょうか?
    過酷な同化政策や迫害があったのなら、なぜ反発も起きずに若者が普通に日本人として文化を享受し暮らしていくのでしょうか?

    先住民族の定義はわかりづらいのですが、アイヌ民族は鉄器文化以降だと聞きました。
    北海道にはそれ以前の石器が多く発見されており、豊かな縄文文化があったことは知られています。
    ですからアイヌ民族も縄文人の末裔には違いはないのでしょうが、アイヌ民族以外にも縄文人の末裔はいたことも確認されていますし、それらの人々の言語・文化体系はいわゆる和人文化に重なる点があります。
    アイヌ民族だけが言語・文化体系がかなりかけ離れていることから、かなり孤立した伝承を遂げたことは明白です。

    開発前の北海道は辺境の地であったとはいえ、かなり古代から和人との交易の記録もありますし、先住民族といえどかなり限定的な民族だったとしか思えません。

  3. 2012年に東大が行った核DNA解析(ハプログループ調査などとは比べ物にならないほど精度が高い)の結果は、
    縄文人の遺伝子は本土日本人、琉球民族、アイヌ民族に受け継がれているというものだった

    2017年には縄文人骨の核DNA解析も行われ、
    さらに今年2019年には典型的な渡来系の形質を持つ渡来系弥生人骨の核DNA解析も行われ、
    彼らも本土日本人と変わらない割合で縄文人の遺伝子を持っているという結果となった(元々朝鮮半島南部にまで縄文人が分布していたが、その縄文人の遺伝子を受け継ぐ集団が渡来系弥生人となったと考えられている)

    肝心のアイヌ民族の核DNA解析だが、36体の現代アイヌのDNAのうち、本土日本人と全く同じ個体が3体、殆どオホーツク人の同じ個体が5体、
    それ以外は縄文人とオホーツク人の中間的な位置にあった(平均的なアイヌ人のゲノム構成や形質は、西北九州弥生人に近いという見方もある)

    ハプログループ調査でもアイヌとオホーツク人との遺伝的関係が示唆されていたが、核DNA解読という言い訳できない研究結果によってより決定的なものとなった

    遺伝子で先住民問題を考えるならば、縄文人の遺伝子は渡来系弥生人や本土日本人もかなり持っているわけで、アイヌだけが特別というわけではない
    遺伝子的に本土日本人と全く変わらないアイヌも居る結果が出たことを考えると、
    少なくとも遺伝子方面でアイヌを先住民と言うのはかなり難しくなったと言えるだろう

    アイヌと和人の遺伝子関係は先住民と侵略者という構造で単純化できるものではない
    縄文人という固有の基層集団が日本列島全域に分布していて、その遺伝子は集団差・個人差はあれど絶えることなく現代まで残っているということである

    最近では、アイヌを用いた分離主義やナショナリズムが盛んなようだが一抹の不安を覚える
    自分は合理主義者であり、特定のイデオロギー(右翼・左翼・民族主義など)に加担したりせず比較的中立の立場だが、
    アイヌ新法がよく精査されずにスピード成立してしまったことは残念である

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