月別アーカイブ: 2019年3月

戸籍の「アイヌ」記載問題について.2

第107回国会 社会労働委員会 第3号
昭和六十一年十一月二十五日(火曜日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/107/1200/10711251200003a.html
(議事録より抜粋)


○千葉景子君 これは戸籍の関係になるかと思いますけれども、戸籍の面で現在でも残っているような差別あるいは特別な措置、こういうものはございませんでしょうか。法務省にお伺いいたします。

○説明員(細川清君) お答え申し上げます。
 現行の戸籍制度上あるいは実務上におきましては、ウタリ出身の方々につきまして一般の場合と取り扱いが違うということは全くございません。

○千葉景子君 ちょっと私が調査したところによりますと、戸籍上、旧土人給与地戸籍より入籍とか、こういう書き方が残っているのではないだろうかと思われるんですけれども、その辺はいかがでしょうか。

○説明員(細川清君) お答え申し上げます。
 今御指摘の北海道旧土人保護法によりまして下付された土地につきましては、通常の行政区画の中に通常ございます町名、字名、地番というものは古い時代には付されていなかったという事情がございます。したがいまして、戸籍上非常に古い大正年間ごろまでの戸籍におきましては、その場所を特定するために北海道旧土人給与地で出生というような記載がなされた事例がございます。ただ、この点につきましては現行の取り扱いでは、その出生地につきましては具体的な場所を記載するということではなくて、最小行政区画を記載するようになっております
 そしてまた、昭和四十七年ごろにこの点の古い戸籍が問題になりましたので、私どもといたしましてはそういう記載は必ずしも適当でないというふうに考えましたので、この点の戸籍を再製するときはその記載を除去しまして、現行の取り扱いに応じて最小行政区画だけを記載するようにと、そういう指導をしておるわけでございます。


戸籍の「アイヌ」記載問題について

第072回国会 法務委員会 第7号
昭和四十九年二月二十日(水曜日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/072/0080/07202200080007a.html
(議事録より抜粋)


○川島(一)政府委員 こういった問題につきましては、最初に申し上げましたように、民事行政審議会で十分検討をしていただければ、それに基づいた処置をとることになろうか、こういうふうに考えておるわけであります。
 どういう点に問題があるかということでございますが、最近プライバシーの問題がいろいろやかましくなってきておりまして、他人の戸籍を見て、それを一般に情報として提供する、こういうことが問題になったこともございます。それから、一つは同和の関係がございます。同和問題との関係で、戸籍を自由にだれにでも閲覧させるということは、場合によっては個人のあまり知らしたくない事項を人に知られる結果になるから、若干そういった点についての配慮を加えてほしい、こういった問題もあるわけでございます。

○稲葉(誠)委員 除籍謄本の古いのをずうっとさかのぼっていくわけでしょう。いきますと、あれを整理したのはいつでしたっけね。大正四年か何かに整理しましたね。残っているのがあって、何ですか、壬申戸籍というのですか、あれはどういうふうなものですか。
 それから、ちょっと一部のあれに出ていたのですが、たとえば北海道における民族、そういう人たちのことを何か別な形で表示しているのが残っているのですか。そこはどういうふうに法律的になって、実際はどういうふうになっているのですか。

○川島政府委員 まず北海道の問題から申し上げますと、昔アイヌ人に土地を給与した、土地を与えたという例がございます。その場合に出生地として土人給与地において出生、こういう記載が戸籍にされたことがございます。そうしますと、それを見ると、この人はアイヌであるということが戸籍の上でわかってしまう。これは、場合によってはその本人としてぐあいが悪いということもございますので、そういう戸籍を直してほしいという要望がございまして、これはそのように処置いたしたわけでございます。
 それから壬申戸籍の問題でありますが、これは明治五年式の戸籍にいろいろ俗称というものが書いてあったわけですが、その俗称の記載が相当まちまちでございまして、中にはあまり好ましくない表示がされておるものがあるということでございました。そこで、明治五年式戸籍というのは明治十九年にまた改められまして、取り扱いが変わったわけでありますが、明治五年から十九年までの間につくられました戸籍が壬申戸籍でありまして、これにつきましてはそういういろいろ問題がございますので、法務省といたしましては、この保管については特別な取り扱いをせよということにいたしております。現在閲覧は一切許さない。それから、そういう戸籍は全部一カ所にまとめて、そうして包装して封印をするという厳重な取り扱いをしておるわけでございます。保存期間が満了いたしまして、すでに廃棄したものもございます。そういう実情でございます。

○稲葉(誠)委員 それから、どこどこの刑務所で出生したというのはまだ戸籍に載っているのですか。それはいまやめたの。壬申戸籍というのはいつごろ全部破棄になる見込みなんですか。

○川島政府委員 戸籍の保存期間は、除籍になりましてから八十年ということになっております。したがいまして、まだ残っておるものもあるようでございますが、大体そういうことでございます。
 それから、刑務所で出生したというような記載でございますが、そういう記載のあるのがかつてはございました。現に除籍などにそういう記載が残っておりますが、そういうものにつきましては、戸籍謄本を発行する場合には写してはならないという取り扱いにいたしております


アイヌ修学資金制度の問題

北海道議会議事録
平成22年第1回予算特別委員会第2分科会-03月18日-03号
より


北海道議会議事録
平成22年第1回予算特別委員会第2分科会-03月18日-03号

◆(滝口信喜委員) それでは次に、アイヌ政策の推進についてお尋ねをいたしたいと思います。
 御承知のとおり、国のアイヌ政策推進会議が開かれておりまして、先般、二つの部会が開かれたというふうに聞いておりますけれども、今後どのような検討が行われるのか、まず最初に伺っておきたいと思います。

○(田村龍治委員長) 総務課参事村井篤司君。

◎(村井総務課参事) アイヌ政策推進会議についてでございますが、国の有識者懇談会の報告を受けまして、総合的かつ効果的なアイヌ政策を推進するため、新たに、アイヌ政策推進会議が設置され、ことし1月29日に第1回目の会議が開催されたところでございます。
 また、3月11日には、民族共生の象徴となる空間と、北海道外に住むアイヌの生活実態調査を検討するための第1回作業部会が開催されたところでございます。
 民族共生の象徴となる空間の作業部会では、この部会のアイヌ民族関係者から、その意義や必要性などについて提案をいただき、それをもとに、外部の専門家からのヒアリングや、先進地事例の整理などを行った上で、象徴となる空間の具体像の検討などを今後1年程度かけて行うこととなったところであります。
 また、北海道外のアイヌの生活実態調査の作業部会では、社会調査などの専門家や、これまで生活実態調査を実施してきた道に対しましてもヒアリングが行われまして、調査方法や項目が確定された後、道外の生活実態調査を来年度中に実施することとなったところでございます。
 以上でございます。

◆(滝口信喜委員) 今お話があったように、二つの部会は、民族共生の象徴となる空間という、いわゆる文化の面といいましょうか、こういうこと、もう一つは、道外のアイヌの生活実態を調査するということでありまして、生活支援にこれからどう取り組んでいくかということで、新しい流れに大きく進んでいくというのが今の状況であります。
 そこで、今日まで議会の場でもさまざま問題になってまいりましたけれども、アイヌ子弟大学等修学資金等貸付制度について伺っておきたいと思います。
 最初に、この資金については、高校も含めてでありますけれども、やはり何としても、大学への進学率を向上させていこうということであります。当然、アイヌ施策としては、教育、就労、人権というのが大きな課題になっております。これを、さまざまな事業や施策を通してどうやっていくかということであります。
 それで、道が行う教育支援策というのが果たしてきた役割は極めて大きいと私は考えていますけれども、この制度の創設の理念をまず最初に伺っておきたいというふうに思います。

◎(村井総務課参事) アイヌ子弟に係る修学資金制度創設の理念についてでございますが、この制度は、道内に居住するアイヌの子弟で、大学教育を受ける能力を持ちながら、経済的理由により当該教育を受けることが困難な者に対し、その修学に必要な資金及び入学に必要な資金を提供することによりまして、アイヌ子弟の教育の振興に資することを目的に、昭和51年度に、国庫補助を受け、給付制度として開始し、昭和57年度に貸付制度に改正し、今日に至っているところでございます。
 以上でございます。

◆(滝口信喜委員) そういうことが理念だということであります。
 そこで、このたび、修学資金制度を改正するというふうに聞いておりますが、この理由──道の政策評価制度がありますけれども、昨年、この事業は、私の調べたところによれば、継続すべきということになっているはずであります。
 さらに、この修学資金制度の改正の内容をお聞きしますと、返還免除の基準額の見直しというものがあるようであります。これは、日本学生支援機構奨学金の返還猶予の基準である300万円を用いているということになっているようでありますけれども、あわせて、どういう内容か、伺っておきたいと思います。

○(田村龍治委員長) 環境生活部次長笠原清孝君。

◎(笠原環境生活部次長) 修学資金制度の改正の内容についてでございますけれども、当該制度を、実質的に返還が行われるような制度に改正するといたしましても、道内のアイヌの人たちの厳しい生活実態を踏まえますと、減免規定も必要であるというふうに考えているところでございます。
 減免規定を設けるに当たりましては、その基準をどこに置くかにつきまして、さまざまな角度から検討いたしました。
 その結果、日本学生支援機構の奨学金制度におきまして、生活困窮者に係る返還の猶予基準を年収300万円以下としていることを参考にいたしまして、北海道労働局が行いました、大学新卒者の初任給に関する統計調査のほか、北海道職員でございますとか札幌市職員の大卒初任給などを比較検討しました結果、それぞれが300万円程度ということでございましたものですから、減免基準といたしまして、年収300万円以下とすることが適当であると判断したものでございます。
 以上でございます。

◆(滝口信喜委員) 今、二つ聞きました。
 まず、修学資金制度改正の理由は何かです。そして、その内容については、聞くところによると、今言われた奨学金の金額ということでありますので、最初の、改正の理由について、もう一度お尋ねします。

◎(笠原環境生活部次長) 申しわけございません。
 修学資金制度改正の理由についてでございます。
 本制度は、昭和57年度に貸付制度に改正を行ったものでございますが、ほとんどの借り受け者が減免規定の適用を受けまして、給付に近い形となっておりましたことから、これまでも、減免規定の見直しでありますとか、貸付期間を正規の修業年限とするなど、改正を行ってきたところでございます。
 また、昨年、政策評価におきまして審査したわけでございますけれども、これは、本制度の必要性について審査をさせていただきまして、その結果、事業は継続することが必要というふうに判断をいたしたものでございます。
 以上、申し上げましたように、本制度につきましては、その都度、改正を行ってきておりますけれども、給付に近い形での運用は解消されておりませんで、所管の文部科学省からは、その後におきましても、返還の減免基準の見直しなどについて指摘をされてきているところでございます。
 このような状況に加えまして、この修学資金制度が、将来、現行の内容のままで全国展開されることは、国民の理解を得ることが極めて難しいというふうに思われましたことから、平成21年の第1回及び第2回定例会での議論を踏まえまして、実質的に返還が行われるような制度に改正をすることとしたものでございます。
 以上でございます。

◆(滝口信喜委員) 今、制度については、その都度、改正を行ってきたということでありましたけれども、具体的、時系列的に、この制度の改正についてお示しをいただきたいと思います。

◎(村井総務課参事) 制度改正の具体的な流れについてでございますけれども、時系列的に申し上げますと、まず、平成14年度に、貸し付けの申請書に経費の内訳書を添付させるというふうな改正を行ったところでございます。
 次に、平成15年度には、先ほどの答弁の中にもございました、貸付期間を大学等の正規の修業年限以内とするような改正を行ったところでございます。
 また、平成19年度には、これも先ほどの答弁にございました減免基準につきまして、生活保護法の保護基準により算定いたします最低生活費の年額の1.7倍を1.5倍に改正したところでございます。
 また、平成20年度には、減免の判定につきまして、平成21年3月の卒業生の方から、卒業後のほか、3年を経過した後にも再度行うように改正したところでございます。
 また、平成21年度には、申請の際に、申請者本人が貸付制度の対象者であることを申し入れていただく申出書を添付していただくように改正を行ったところでございます。
 以上でございます。

◆(滝口信喜委員) その都度、改正をしたというふうに言っていますけれども、今お聞きをしますと、減免基準の関係については、1.7倍を1.5倍に改正したということだろうと思うのです。
 それで、今、1.5倍というのは585万円だとお聞きをしておりますけれども、1.7倍を1.5倍に改正する前の数字というのはどの程度だったのですか。

◎(村井総務課参事) 減免基準の算定に当たりまして乗する係数の関係についてでございますけれども、ただいま委員からお話があった点につきましては、試算いたしますと、1.7を乗じた場合には620万円ということでございます。
 以上でございます。

◆(滝口信喜委員) そうしますと、平成19年度に、620万円から585万円に変えたということであります。ですから、昭和57年度から貸付制度になって、平成19年度の改正までは、620万円でずっと来ていた、こういうことだろうというふうに思います。
 それで、貸付制度に変わるときに、ほとんどの借り受け者が減免規定の適用を受け、給付に近い形となっていたという話もございます。ですから、620万円ということであれば、当然、当初から予測できた金額ではないかなと思います。
 しかし一方では、制度の創設の理念として、アイヌの人方の厳しい生活実態から、こういう制度でいこうということで進めてきたのではないかと思います。
 そこで、文科省から指摘をされたということでありますけれども、いつごろ指摘をされたのか。

◎(村井総務課参事) 文部科学省からの指摘についてでございますけれども、国の平成10年度予算要求時の大蔵省の指示に基づきまして、平成9年度に、文部科学省のほうから御指示などがありましたことを初めといたしまして、平成13年度、17年度、18年度など、たびたび御指摘を賜っているところでございます。
 以上でございます。

◆(滝口信喜委員) それでは、585万円以上の所得がありながら、返還をしていないという件数があるのかどうか。一方では、585万円を超えて、返還している実績もあわせてお尋ねをしたいと思います。

◎(村井総務課参事) 返還の件数についてでございますけれども、現在まで、3名、返還をしていただいている方がおられるところでございますけれども、このうち、基準額を超えたことによる返還の事例はないものでございます。
 以上でございます。

–(後略)–

明治・大正の新聞資料

アイヌ人保護の請願に代表が上京(明治28年1月15日 報知)

愁訴に政治家は耳を傾けよ(明治28年1月27日 国民)

北海道土人保護法の審議(明治28年2月27日 時事)

保護法案審議(明治28年3月15日 時事), 北海道庁の暴政を非難(明治28年3月15日 国民)

保護法廃案となり、有志が保護会設立(明治28年5月1日 時事)


保護条例制定に向かう(明治30年10月9日 時事)


樺太
原住民、移住民、追放人らの現状(明治31年2月4日 官報)


北海道旧土人保護法を公布(明治32年8月2日 官報)

保護法に伴う予算問題(明治33年3月30日 時事)

アイヌ地紛争事件
近文原野を取り上げ、大倉組に払い下げか(明治33年4月25日 時事)

近文問題は園田長官の失政(明治33年4月25日 日本)

近文問題に関する園田長官の談話(明治33年4月26日 時事)


大倉と三浦暗躍、「転地願書」に捺印さす(明治33年4月30日 毎日)

上京団、枢密院議長に陳情(明治33年5月1日 時事)

「三浦不起訴」の検事正、不可解な発言(明治33年5月1日 毎日)
近文原野はアイヌの土地と決定(明治33年5月6日 時事)

(この後日談として、園田長官は内務省から譴責処分を受けています。)


旧土人保護法に基づく学校教育を計画(明治34年1月6日 時事)

近衛篤麿らが実業練習所を設ける計画(明治34年2月9日 時事)

学校建設地は室蘭に決まる(明治34年5月12日 東京日日)

白老病院開設(大正11年3月9日 北海タイムス)


アイヌの児童教育規定を廃止(大正11年4月28日 北海タイムス)


白老のアイヌ福祉施設と病院(大正11年8月13日 北海タイムス)