国会における単一民族・大和民族発言について

過去の議事録を検索してみると、確かに国会での発言には単一民族や大和民族と云う言葉が使われているケースが多々あります。

そこで、どういう用語として用いられているのか、そうした根拠を解説している質疑を探したところ、こちらに有りました。


第107回国会 国民生活に関する調査会 第2号
昭和六十一年十一月五日(水曜日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/107/1476/10711051476002a.html

委 員:及川 一夫君
参考人:放送大学教授 加藤 秀俊君

○及川一夫君 加藤先生、大変ありがとうございました。
 私は社会党に所属している議員でございますが、与えられた時間が二十分ということになっておりまして、興味ある国際化の問題について大変質問したいことが多いんでありますけれども、限られた時間でございますから、より深めたいという意味でお伺いをさしていただきたいと存じます。
 まず、先生の方から人種と民族の違いを明確にされまして国際化という意味をお話しいただいたんですが、我々の場合には、振り返ってみると人種も民族もごちゃまぜにして、要するに白人、黄色人種、黒人、その違いはわかっているんですが、それ自体が民族であるかのような誤解が非常に多いというふうに思うんです。そのことは逆に言うと、民族というものを何をもってA、B、Cの民族に振り分けていくのか、定義といいますか、基準といいますか、標準といいますか、そういうものがこれまで説明されてはいなかったんではないかというふうに思うんですが、先生の立場から見て、民族の違いというものは、どういうものを尺度にしてアジア民族であるとか、大和民族であるとかいうふうに言うのかということについてお伺いをしたい。
 それから、単一民族ということを国会でも中曽根総理が御発言になるものですから、またそういう発言があってアイヌの方々が単一民族ではないということを言われ、私たちもはっとさせられるものが実はあったわけなんであります。我々は教育としても大和民族単一民族ということで言われてきたような気がしますし、それを当然のように思い込んできたという点、これは教育のしからしむるところもあるのでしょうが、日本は単一民族でないとすれば、アイヌだけなのかどうなのか。日本民族が単一民族でないとすれば、幾つの民族が一つになって日本国というものを形成しているのかという点、先生の立場から見ておわかりでしたらお教えいただきたいものだなというふうに実は思います。
(中略)

○参考人(加藤秀俊君) ありがとうございました。限られた時間でございますので、多少簡略化いたしますことをお許しいただきたいと思います。
 及川先生の今の御質問でございますけれども、第一、第二を取りまぜて申しますと、民族というものをどう定義するかということでございますが、学問的に申しますと、同一の言語を使って、言語というのは非常に大事な文化要素でございますが、同一の言語を使い、同一の生活様式を分かち合っている集団であって、多くの場合、多少一つ二つの例外はございますけれども、一定の地理的なテリトリーを持っている、そこに永住しているということでございます。
 したがって、先ほど申しましたコーカソイド、白色人種でございます、の中のゲルマン民族ですね、これは一般に、本当はもっと正確に言うとゲルマン民族のサブにあるんですけれども、ゲルマン民族を仮にドイツ人というふうに呼びましょう。それからアングロサクソン、これが大体同じ人種でありながらまた一つの民族を形成しております。それから、ケルト民族というのも、これはケルト語というのは英語なんかと違いますので、そういうことでございます。つまり、言語とそれから生活様式を長期にわたって分かち合ってきた集団、そしておおむね大小の差こそあれテリトリーを持っているということでございます。全くこのテリトリーを持たないのが例えばユダヤ人といったようなもので、これがユダヤ民族問題を起こしていることは申し上げるまでもございません。
 日本の場合でございますけれども、文化人類学の方ではアシミレーション、つまり同化という言葉を使いまして、たとえ民族のオリジンが外国人であっても、一つの文化の中でだんだん揺さぶられているうちに、二代、三代かかって言語、生活様式などが身についてまいりますと、その民族に同化されたということになるわけでございますから、したがって日本民族が単一民族であるというのは、今申し上げた意味から申しますと条件を満たしているのではないか。ただし、ベトナム難民とかそれから中国残留孤児とか、そうした人たちがまた日本国内に居住され始めますと、そこには異なった民族集団というものが混在するということになるかと存じます。
(中略)


上記が国会答弁の内容になります。

もちろん「学問的な解釈に基づく定義」ですから、その後の知見・研究によって解釈が変われば、これらの内容は現在の定義とは一致しない部分も有るかも知れません。

ただ、当時の知見の上では「二代、三代かかって言語、生活様式などが身についてまいりますと、その民族に同化されたということになるわけでございますから、したがって日本民族が単一民族であるというのは、今申し上げた意味から申しますと条件を満たしているのではないか。

と述べられており、これに基づいて日本国民を単一民族と呼んで差支えないのではないか、という判断が示された事と、そして、この解釈であれば「ただし、ベトナム難民とかそれから中国残留孤児とか、そうした人たちがまた日本国内に居住され始めますと、そこには異なった民族集団というものが混在するということになるかと存じます。 」となり、それ以外については「異なる民族では無い = 同じ民族」として、国会用語の「単一民族」が用いられたのでしょう。

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